永久の調べ


   永久の調べ 2

 

「…お医者様…ですか?」

「そう」

 問い返すカトレーヌに、桜花(おうか)はごく自然に応える。

 カトレーヌは戸惑う。

医者というには、彼は若過ぎるように見えるのだ。どう見ても、医学生くらいにしか見えない。

「桜花様…でしたわね。…お歳を伺っても宜しいでしょうか?失礼ながら、貴方はどう見ても、十代にしか見えないのですが……」

 カトレーヌの戸惑った様子に、桜花はきょとんとする。

「全然失礼じゃないぞ。俺は今年で十七歳だ」

「…そんなお若いお医者様が、いらっしゃるのでしょうか?」

 その問いにやっと、桜花はカトレーヌの戸惑いの理由に気付いたようだ。

「俺は医学を学校で学んだわけじゃないんだ。医者だった父親から…まぁ、一子相伝みたいな形で、小さい頃から医学を直接教えられたんだよ。十三になれば、もう成人扱いで、医者として働くこともできる。俺はこれでも、実地経験は四年積んで…あ、その顔は疑っているな?」

 肯定も否定もできず、黙ってしまったカトレーヌの様子を見て、桜花は軽く溜息をつく。そして、水を零さぬよう両手に持った木桶を持ち直した。

その拍子に微かに身体が揺れ、長めの前髪が再び眼の上に振り掛かり、彼の表情を隠す。

 機嫌を損ねてしまったのだろうか。

そうカトレーヌが考える間もなく、桜花は顔を上げる。

「ま、信じてくれなくともいいんだが」

 その声も髪の合間から見える表情も妙に晴れやかで、カトレーヌの疑いを全く気にしていないことが窺える。

「この道、真っ直ぐでいいんだろう?」

 何事もなかったかのように問い掛ける。

「はい……」

 その問いに応えたきり、カトレーヌは黙り込んでしまう。何か考え込んでいるようだ。

 桜花はそれをさして気にもせず、歩き続ける。

目的地はまだ遠いようである。

 突然、並んで歩いていたカトレーヌの足が止まった。

それに合わせて桜花も立ち止まる。

「…貴方が真にお医者様ならば…お医者様と仰るならば……」

 カトレーヌが呟く。

その声には思い詰めた響きがある。

カトレーヌは顔を上げ、隣にいる少年の澄んだ瞳を見詰めた。しばし躊躇うような様子を見せた後、決心したように口を開く。

「桜花様、貴方に是非、診て頂きたい方がおります」



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