聖なる水の神の国にて〜騒春〜


夢 4

 

 風矢(ふうや)は一端自分の部屋へ戻ることにした。

「大丈夫か?気分はもういいのか?」

気遣う華王(かおう)に、寝台から降りて立ち上がった風矢は微笑む。

「ちょっとだるいけど、大丈夫です。それに一端は戻らないと同室の友人が心配すると思うので…」

「そうか…」

華王は風矢の言葉に頷いたものの、まだ心配だったらしい。

流星(りゅうせい)に向かってこう言った。

「流星、風矢を部屋まで送ってやってくれ」

「え…」

「何で俺が?」

顔をしかめた流星に華王は言う。

「俺はすぐ神殿に行って、儀式の準備をしなければならない。お前が準備をしてくれるなら、俺が送っていくが…儀式に何を揃えるか分かるか?」

流星はもういい、と溜息をつく。

「…分かった。俺が送ってくよ」

「いいですよ、一人で戻れます」

どちらに送ってもらっても、目立ってしまうこと間違いなしだ。

そう思って断ろうとしたが、二人は聞く耳を持たない。

「じゃ、頼んだぞ」

華王はそう言い、流星は風矢の背中を押して外に出ようと促す。

 

 結局、流星に送られることになって、二人で廊下を歩いていると、前を向いたまま流星が口を開いた。

皆昼休みで食堂にいるのだろう、廊下には誰もいない。

「いつも俺ばっかりで悪いな。本当は華王と一緒に居たいんだろう?」

風矢は思わず立ち止まる。

前も似たようなことを言われた。

「お前は俺のことが嫌いだろう」と。

流星も風矢より一、二歩進んで立ち止まり、振り向いてにやりとする。

「まぁ、俺みたいに適当な奴のことは嫌いだろうが、除霊が成功するまでは我慢してくれや」

「どうして…」

風矢は昨日訊き損なったことをやっと今、口にする。

「どうして僕が貴方のことを嫌っていると思うんです?」

直接言ったことも、顔に出したこともないつもりだ。

「俺にはそういうのが分かっちまうんだよ。直接言葉や表情に表れなくとも、何て言うのかな、その場に流れる空気みたいなものが、相手の気持ちを伝えてくる…」

 その言葉を聞いて、風矢は思う。

 

この人は自分が考えていたほど無頓着で無神経ではないのかもしれない…

いや、逆に人の気持ちには敏感なのかもしれない…

 

そう思いながら、風矢は口を開く。

「貴方のことが僕の心に引っ掛かっているのは、貴方自身のせいじゃありません。僕の心の問題なんです。…多分…やきもち……なんだと思います」

「やきもち?」

風矢の言葉に流星は目を丸くする。

風矢は視線を足元に落とし、少々赤くなりながら言葉を続ける。

「えぇ…貴方のことは学院に入学する前から知っていました。昨年学院を卒業した兄からよく聞かされていたからです」

「兄?」

空羽(くうう)・フローベル。学院入学から卒業までずっと学年首席だったので、結構有名だったと思うんですけど。知りませんか?」

「いや、その頃あまり周りの人間に興味なかったからな、悪いけど覚えてない」

「そうですか」

苦笑しながらの流星の答えに、風矢は溜息をつく。

「兄は長期休暇で家に戻って来る度に、貴方のことを話していました。自由奔放で、勝手気ままのように見えて実は自分の意志をしっかり持って、周りの評価に左右されない人だ、と」

流星は少し眉をひそめる。

「…そりゃあ、誉め過ぎだな」

その言葉に風矢は思わず笑ってしまう。

「ええ、僕もそう思いました。でも、余りにも兄が手放しで誉めるものですから、入学したときから貴方のことは気になっていたんです」

「だけど、お前には俺が兄の言うほど素晴らしい奴には見えなかった。そんな奴を尊敬する兄は褒め称えている…なるほど、それで、やきもちねぇ」

「……はい」

 思えば、随分と子供っぽい理由だ。

恥かしくなって、風矢は再び早足で歩き出す。

そして、やや早口でこう言う。

「…でも、今は兄の言っていたことが、少しだけ分かるような気がしています」

風矢の後ろを歩く流星が、にやにやしながら言う。

「何?もしかして尊敬しちゃう?」

その様子を横目で見て、

「何言ってんですか、「少しだけ」ですよ。尊敬に値するほどじゃありません。華王さんや兄の足元にも及びませんよ」

と、風矢は憎まれ口を叩いた。

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、同室の(りょう)・グランがいた。

昼休みで食堂にいるものとばかり思っていたので、風矢(ふうや)は少し驚く。

「あっ、何処に行ってたんだよ、風矢!もう気分はいいのか?」

どうやら風矢が心配で、様子を見に来たものらしい。

「ああ、心配掛けてごめん。もう大分落ち着いたよ。ちょっと…外の空気を吸いに行ってきたんだ」

流星(りゅうせい)とは部屋の手前の廊下で別れていた。

今夜皆が寝静まった頃、華王(かおう)か流星が迎えにきて、神殿へ向かうことになっている。

「気分が良くなったんなら、何か食わないか?」

 涼は風矢を食事へと誘う。

何かを口にする気分にはなれなかったが、風矢は涼と一緒に食堂へ行くことにした。

夜まで、なるべく誰かと一緒に居た方が良いという華王の忠告を思い出したからだ。

 全ては夜になってから……

 

 ユルサナイ、ユルサナイヨ…

 

ナニモキヅクコトナク、ボクヲフミツケルオマエタチ…

オマエタチニボクノアジワッタイジョウノクルシミヲアタエテヤル……

 

オモイシルガイイ……



前へ 目次へ 次へ