聖なる水の神の国にて〜騒春〜


出会い 2

 

「さて、まず霊の目的を考えてみよう。取り憑くと言うと、生への執着が断ち切れない死霊が、生者の身体を乗っ取ろうとしていると考えがちだが、実際そういう理由で霊が憑くことは少ない。既にこの世のものではない魂を引き入れた生者の身体は、死に引き摺られる…例え生者の身体を乗っ取ることができても、霊はこの世に在り続けることはできないんだ。だから、この可能性は低い。まあ、考えに入れておく必要はあると思うが。一番考えられるのは、取り憑いた人間…つまり風矢(ふうや)に何らかの恨みがあって、直接その身に害を為すために取り憑くというものだが…現在の生死に関わらず、そういった人間に心当たりはあるか?」

華王(かおう)の質問に風矢はしばらく考えてから首を振る。

自分は学院内でも血族内でも特に目立ったところのない普通の人間だったので、誰かに直接恨みや妬みを抱かれる筈はないし、恨みを買うようなことをした覚えもない。

そう答えると、横から流星(りゅうせい)が意地悪く指摘する。

「人間ってのはそうと知らないうちに恨みを買ってるもんだぜ。お前にとっては何気ないことが、ある人間に恨みを抱かせる充分な理由になることもある。貴族の子弟ってだけで、恨みを抱く人間もいるにはいるしな」

その指摘に風矢は頬を膨らませる。

「そうだとしたら、僕にはますます見当が付きません」

華王は溜息を吐いてこう言った。

「やはり霊に直接訊くしかないな…よし、今週末にでも神殿で除霊式をやってみよう。もしかしたら、霊を引き出すことくらいはできるかもしれない」

「えっ、神殿でってことは無断でですか?」

まだ学生の身である者が、公式の式典以外で個人的に神殿に足を踏み入れることは禁じられている。

風矢は躊躇するが、華王は当然という顔で風矢を見る。

「そう、こういったことは人々の祈りの気が満ちている場所でやった方が、効果がある。場合によっては霊に力を与えてしまう危険性はあるが」

「いや、そうじゃなくて……」

「無断使用禁止なんて規則のことなら、俺たちには全く堪えないぜ。無断外出だって俺ほどじゃないが、華王も結構してるしな」

「喧しい」

新たに知った華王の真実に、風矢は今まで華王に抱いてきた幻想が、崩れていくのを感じた。

しかし、その事実は意外ではあったが、不快なものではなく、華王に対して今までの近寄り難さとは違う親しみを覚えさせた。

それに、やはり華王は特別なのだ。

そんな人が学院の細かい規則に縛られている方が却って可笑しい。

そこまで考えて、風矢はふと兄の空羽(くうう)が流星に対して言っていたことを思い出す。

 

風矢が華王を特別だと見なしたように、兄も流星を特別な存在と見たのだろうか。

風矢からすれば兄だって首席で卒業するほど優秀で、人格的にも優れていて流星などよりずっと特別な存在に思えるのだが。

そんな兄が流星に憧れてでもいたのだろうか。

そこで風矢は妙なことに気付く。

兄が卒業したのが今年の春。

華王が入学したのは一年前の春だ。

華王は入学してからすぐに有名人になった筈だ。

そして、どんなに周りに無関心な人間でも、華王の存在だけは無視できない。

当然兄だって華王のことは知っていただろう。

それなのに、風矢は兄の口から華王のことを聞いたことがなかった。

聞いたのは流星のことだけである。

それは何故だろう。

ふと頭に浮かんだ答えを風矢はすぐに否定する。

兄がそんなことを考える筈がない……

そう思ったからだ。

 

結局、話は華王の言う通り、まず今週末の夜に神殿で除霊儀式を試みることで纏まり、風矢は彼らと別れた。



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