面影
面影 9
砂月と桜花が一緒にいるのを認めて、緑真は僅かに目を瞠る。
「お二人はお知り合いでしたか」
「ああ、知り合ったのはついさっきだが」
桜花は昨夜あったことは特に言及せず、適当に応える。
緑真は微笑む。
「随分と仲良くなられたようにお見受け致します」
「うん、気は合いそうな感じはする。まだ、名前しか知らないが」
桜花はちらりと砂月を見遣る。
砂月はやっと、今まで桜花を質問攻めにして、自分のことを何一つ語っていなかったことに気付いた。
やや、赤面する。
まったく、らしくないことだった。
緑真は微笑を絶やさぬまま、言葉を紡いだ。
「血が引き寄せているのかもしれませんね。お二人はお従兄弟同士ですから」
「え?」
砂月は思わず驚きの声を上げた。
緑真はそんな砂月を不思議そうに見る。
従兄弟。
意外な事実に思わず桜花の顔を凝視する。
そこで、砂月はふいに気付く。
「…そうだ、桜花だ」
砂月が翡翠の美貌に既視感を憶えた理由。
似ているのだ、目の前の少年に。
二人の容貌から受ける印象があまりにも違った為に、血の繋がりを指摘されるまで、全く気が付かなかった。
「何が、俺?」
首を傾げる桜花に、そのことを告げると、緑真が彼に代わって応えた。
「翡翠様と、桜花様のお母上であられる真珠様は、双子の姉妹でいらっしゃったのですよ。お二人は本当によく似ておいででした」
「…で、俺は母親似であるらしい」
桜花が軽い口調で言葉を添えた。
砂月は二人の言葉に納得する。
翡翠の実の子である砂月よりも、色濃く血の繋がりを感じさせる桜花の容貌。
母親同士が双子であったのならば、不思議なことではない。
「砂月様は桜花様が母方のお従兄弟であられるのを、まだ御存知ではなかったのですね」
緑真の言葉に何となく気まずさを憶えて、桜花の方を見遣ると、彼は無邪気に笑った。
「砂月は血の繋がりよりも先に俺自身に興味を持ってくれたんだ。そのこと自体が嬉しかったから、血の繋がりのことは俺も敢えて言わなかった」
さり気ないフォローのように聞こえる。
しかし、桜花の表情を見る限り、彼は本当に思ったままを言っているようだ。
「それはようございました」
緑真は更に笑みを深くする。
それから、表情を改めて二人に言った。
「桜花様。砂月様。旦那様がお呼びで御座います」
「…もうそんな時間なのか」
砂月が先程よりは大分抑えた驚きの声を上げる。
そしてまた、気付く。
砂月と同様、ブランシエルの血を引く桜花。
そんな彼が自分と共に公爵に呼び出されている今の状況。
桜花がこの家にやって来た理由は、十中八九、砂月と同様のものであることに思い至る。
おそらく桜花も跡継ぎ候補なのだ。
砂月は少々複雑な気持ちになる。
そんな彼と桜花とを緑真は、今度は少し困ったような表情で交互に見遣る。
「砂月様も桜花様もまだ、着替えていらっしゃらなかったのですね…」
…しまった。
砂月はそう思ったが、桜花は平然と椅子から立ち上がる。
「別にみすぼらしい格好をしている訳じゃない。いいよ。砂月もこのままで行こう」
「しかし…」
言葉を挟んだ緑真に、桜花は柔らかな声で、しかし、はっきりと言う。
「公爵に何か言われたら、俺が勝手にやったことだと言えばいい。事実そのままなんだから、そう言うことは難しくはないだろう?」
そうして、もう一度砂月に向かって言う。
「行こう」
砂月はすっきりした心持で頷き、立ち上がった。
彼が僅かな波風も立たぬよう、公爵の指示に従おうとしていたことを、桜花はきっぱりと拒絶した。
指示に従うことは別に大したことではないと砂月は思っていた。
しかし、自分では気付かなかったが、砂月自身もそのことをかなり面白くなく感じていたらしい。
だからこそ、桜花の態度に清々しさを感じたのだ。
桜花の自分に対する反応は、それまで出会った人々とはことごとく違う。
そして、それはその他の彼の言動全てに言えることかもしれない。
彼と付き合っていくことで、砂月は今まで知らなかった自分に出会えるような気さえしている。
短い時間で砂月は、すっかり桜花の魅力に捕まってしまっていた。
そのことを自覚しながら、砂月は緑真に続いて歩き出す。
桜花がこの家を継ぎたいと言うのなら、喜んで身を退くところだが……
彼も砂月と同様、跡継ぎになることを望んでいないように感じられた。 桜花と自分の他にも跡継ぎ候補はいるのだろうか。 もし、二人だけだというのなら、これからの公爵との対面は少々不穏なものになりそうである。 しかし、そのことを不思議と鬱陶しいとは思わなかった。 貴族意識の塊であるだろう公爵を前に、桜花がどのような話をするのか。 そんなことを他人事のように期待している。 緊迫感のない自分に内心呆れる砂月を余所に、桜花は彼と肩を並べながら、悪戯っぽく微笑んだ。 「改めて初めまして、だな。従弟に向かって言うのは変な気もするが。これから宜しく」