面影
面影 2
手紙の差出人は、ロゼリア王国を代表する大貴族であるところのブランシエル公爵、藍・ブランシエル。
その手紙は代筆をしたブランシエル家執事の手蹟によるものだったが。
それによれば、砂月たちを生んだ実の母は彼の娘であるという。
つまり、現ブランシエル公爵は砂月、星砂の血の繋がった祖父であるというのだ。
そして、公爵が高齢につき、この度後継ぎを定めることになったので、その候補の一人として砂月を呼び出すとの旨の手紙だった。
物心つく前に彩和国の貴城家に預けられた砂月たちにとって、その内容はまさに青天の霹靂だった。
事の真偽を確かめようにも、彼らの養父母は既に亡くなっていたし、彼らが何処の施設から貰われてきたのかも分からないありさまだ。
しかし、砂月自身が調べた限りにおいては、この手紙自体には偽りは見出せなかった。
手紙に同封されていた航空券、入国許可証はもちろん、箔押しされた家紋も間違いなく本物だ。
突如砂月たちにもたらされた、この出生に関する事実。もし、これを信じるならば……
生まれてすぐ養子に出されたという自分たちは、おそらく当時の公爵家にとって望まれた存在ではなかったのだろう。
父親が身分の低い者であったのか。
或いは対立する家の人間であったのか。
どんな理由であるにしろ、自分たちは公爵家にとって厄介者であった筈だ。
そんな自分が何故今になって後継ぎ候補に担ぎ出されるのか。
砂月は思わず皮肉気な笑みに形良い唇を歪める。
つまりは、今になって事情が変わったということだ。
一度は厄介払いした子供を呼び戻すしかないほどブランシエル公爵家は人手不足なのだろう。
呼び出しには応じたものの、砂月には家を継ぐ気など毛頭ない。
ただ…この手紙によって初めて知った実母の存在が気になった。
彼女は長く病の床に伏していて、もう長くはないとも手紙に書かれていた。
しかし、油断は禁物だ。
この呼び出しは手紙の内容とは異なるものであるかもしれないのだから。
実母のことさえも砂月を呼び出す口実の一つなのかもしれないのだ。
例え、それらが事実であったにせよ、突然の無遠慮とも言える呼び出し自体に、砂月は不審を抱いていた。
一緒に行くと言って聞かなかった星砂をどうにか宥め、こうして一人でロゼリア国にやって来たのは、その所為でもあった。
ブランシエル領の正門へと辿り着いた。
御者に乗車料金を支払い、馬車から降りる。
ここからは歩いて行こうと地図を鞄から取り出したところで、見知らぬ男性から声を掛けられた。
「失礼ですが、キジョウサヅキ様でいらっしゃいますか?」
公用語で声を掛けてきたのは、きちんとした身なりをした品の良い中年の男性である。
「ブランシエル家の方ですか?」
敢えて、ロゼリア国語でそう問い返すと、男性はその流暢な響きに驚いたように軽く目を瞠ってから、頷く。
今度は彼もロゼリアルで応えた。
「緑真と申します。ブランシエル家の第二執事を勤めさせて頂いております」
「何故、僕が分かったのですか?」
更に問うと、緑真は控えめに微笑んだ。
「似ていらっしゃいます。翡翠様、貴方様のお母上に。そして旦那様にも」
「…そうですか」
そう言われても、心は少しも揺らぐことはなかった。
自分に星砂以外の血が繋がった家族がいる。
そして、その繋がりを示すかのように、自分は彼らに似ている。
そのことにまるで実感が湧かなかった。
いや、まるで冷めていた。
血の繋がりがある。
それが一体何だというのだろう。
生まれてすぐに自分たちを捨てた家に親しみなど覚えられよう筈もない。
「旦那様や翡翠様に実際にお会いになればお分かりになるかと思います」
砂月の様子に不安のみを感じ取ったのか、緑真は笑みを絶やさぬまま、そっと言い添える。
敢えて誤解は解かず、砂月は彼へと笑みを返した。
前へ 目次へ 次へ