面影
面影 12
「桜花は咲一族総帥だったんだね」
「ああ、名目上は」
何処か感心したような砂月の口調に、桜花は細い首を傾げる。
青銀の髪が淡い光を零しながら、華奢な肩から滑り落ちた。
「やはり、俺が総帥であることはそんなに意外なことか?」
心底不思議そうな口調に、砂月はふと気付く。
「そう言えば、咲一族では十三になった時点で成人扱いになるんだったね。それなら、十八で総帥だというのも早い訳ではないし、不思議はないかもしれない」
「俺が総帥位を継いだのは、十四のときだったが」
「……」
…それは早い。
「俺の父親が総帥位を継いだのも、十四のときだ」
桜花の当り前のような口調に、砂月は自分の認識の甘さを感じた。
しかし、僅か十四で成人と同じ扱いを受けることのみならず、総帥位として一族の名を背負って立つとは。
先程公爵が言ったように、現在の咲一族が断絶の一歩手前だというのなら、桜花には代々受け継いだ総帥としての重責の他に、一族を滅びから免れさせる責任も負うことになるのではないだろうか。
その重責がどれほどのものか、砂月には想像もつかない。
一体桜花は今までどのように生きてきたのだろうか。
しかし、桜花はそんな総帥としての重圧と苦悩を欠片も感じさせずに微笑む。
「砂月には姉妹がいるんだな」
「…ああ」
「俺にとっては従妹と言う訳だよな。セイサ…だっけ?一度会ってみたいな。どんな子?」
無邪気に問う桜花に、砂月はどう言ったものかと一瞬迷い、結局正直に言う。
「金の髪に緑の瞳で……綺麗だよ。身内の贔屓目かもしれないけどね。少し気が強いところもあるけど、明るくて素直で。…僕とは全く正反対なんだ」
「砂月は暗くてひねくれているのか?」
「え?」
生真面目に訊いてきた桜花に、砂月は思わず問い返す。
「いや、全く正反対だって言ったから」
桜花の何処か奇妙な応えに、次いで砂月は軽い笑みを零してしまう。
「そんな風に返されたのは初めてだ。…そうだな、桜花には僕はどう見える?」
問い返した砂月に、桜花は考え込むように細い眉を寄せる。
「知り合ったばかりだからな、はっきりとは言えない。だが、暗くはないんじゃないか?人当たりも俺なんかよりずっと良さそうだし。ただ、少しひねくれている気はするな。先刻も穏やかそうな顔と口調で結構きついことを言っていただろう」
「桜花につられたんだよ。普段は上手く誤魔化しているつもりなんだ」
「やっぱりひねくれているんだな」
「そうだよ」
悪びれずに言う砂月に、桜花は目を瞬く。
「ここまで堂々と言う奴も珍しいな。いっそ清々しいくらいだ」
「それはどうも」
「褒めてないぞ」
ここまで言って目を見合わせた二人は、堪えきれなくなったように笑い出す。
「お二人とも、どうかなさいましたか?」
突然の笑い声に驚いた緑真が振り向く。
「ちょっと面白い話をしてたんだ」
「そう、面白い人間の」
くすくす笑いながらの応えに、緑真は何とも複雑な表情を見せる。
「星砂もお前みたいに面白い子なのかな」
「いずれ紹介するよ。今度桜花が彩和へ戻ってきたときにでも」
「有難う。楽しみだ」
桜花の清らかな笑みに誘われて、砂月も何の含みもなく微笑むことが出来た。
それから二人は砂月の部屋で夕食を取り、その後も他愛ないが、楽しい会話をしながら残りの時間を過ごした。
夜が更けてから桜花は自分の部屋へと戻った。
更に奥の客室へと向かう桜花の細い背を見送りながら、砂月は彼に星砂のことを話していたときに、それまで他の人に彼女のことを話すときはいつも味わっていた胸の痛みが、不思議と和らいでいたことに気付く。
ごく自然に「紹介する」と言うことが出来た。
そんな自分に驚くと同時に、桜花と会った星砂はどのような反応をするだろうと考えた。
この短い期間でもすぐにそうと知れるほど、桜花は純粋で優しい。
そんな彼を嫌う者など滅多にいないだろう。
しかし……
砂月は今までになく、会ったばかりの従兄に惹かれている自分に気付いていた。
もし、そのことに星砂が気付いたら…いや、十中八九気付くに違いないのだが、彼女は桜花にどう接することだろう。
安易に「紹介する」などと言わない方が良かっただろうか。
シャワーを浴びようと、シャツのボタンを外しながらそこまで考えて、砂月は首を振る。
このことは今、悩むことではない。
まずは当面の問題の方に向き合わなければ。
そのとき、ノックの音がして、珍しく緑真以外の使用人が姿を見せる。
「何かお手伝いをすることは御座いませんでしょうか?」
まだ若い女性らしいメイドは、頬を染めながら砂月の顔色を窺う。
どうやら彼女は緑真の指示を受けた訳ではなく、自発的に砂月の部屋を訪れたようだ。
「ここでとんでもなく不埒な問題でも起こせば、跡継ぎ候補から外されるかな」
「は?」
思わず呟いた言葉に、メイドが怪訝そうに首を傾げる。
それに、何でもないよ、と微笑みながら首を振り、彼女の申し出を丁重に断る。
名残惜しげに佇む彼女を態度だけは優しげに部屋から廊下へと送り出し、その鼻先で扉を閉じた。
来る者拒まずの砂月にしては珍しいことだったが、このときばかりは、いつも通りに振舞うのに抵抗があった。
言い寄ってくる者たちを誰であろうと、抵抗もなく受け入れる…そんな自分の姿を桜花に見られたくはないという気持ちがあったのかもしれない。
それに、自分がここで問題を起こして資格を失えば、自動的に桜花がこの家の跡継ぎに決定されてしまう。
そしてそれは桜花の望むことではない。
しかし、彼の望みを叶える方を選ぶならば、自分が代わりに後を継ぐしかない。
それもやはり御免蒙りたい。
「この状況は……まさに八方塞だな」
暫し考えたが、答えが出ず、砂月は思わず溜息を吐く。
とにかく、明日にでも桜花はどうするつもりなのか改めて訊いてみることにしよう。
自分の考えにそう区切りを付けて、砂月はシャツをバサリと脱ぎ捨てた。
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