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聖なる水の神の国にて〜懐秋〜 引き摺る影 4 地面に残ったのは、夕陽に紅く染まる水と沈黙する黒い影のみ。 「…取り敢えず、今回は危機を脱したようだ」 一息吐いて、華王はそう言ったが、流星の方はそう簡単に安心はできない。 確かめるように何度か、足元の影を踏みしめる。 揺らぐことのない地面の固さが足裏に伝わってくる。 そこで、ようやく流星は額の冷汗を拭いながら、大きく息を吐いた。 それから、空の水筒を振る華王を見遣る。 神殿と学院を囲む一帯の水路の水は、清らかではあるが、神殿内で銀製の壜に篭められ、 一週間の祈りの気を受けた清水の聖性には、及びも付かない。 そんな水路の水を、聖呪を唱えるだけで、一瞬のうちに、 あの得体の知れない影を撃退するに充分な聖水に変えるなど…… 「あまりに非凡に過ぎる…」 これほどまで、何から何まで人並み外れていると、感嘆するどころか、呆れてしまう。 流星は先程とは違う大きな溜息をまた一つ吐いた。 そんな相手の反応には一向構わず、華王は淡々と言い放つ。 「今の襲撃で、分かったことがあるぞ」 「はぁ?何だよ?」 まだ、少し気が抜けたままの流星の返事に、不思議なほど澄んだ華王の灰色の瞳が、眼鏡の薄い硝子越しに鋭く煌く。 「お前に取り憑いている厄介なものの正体に関する手掛かり」 「えっ?」 「お前に憑いているものは、お前の一族の血に根ざしたものだ」 「…何だって?」 「もう少し、具体的に言うなら、お前の一族の血を引いた者で、何らかの理由で一族に恨みを持っている者の霊。 その霊がお前に取り憑き、害を成そうとしているんだ」 「…何でそこまで分かるんだよ」 「さっきの襲撃で、お前の能力の種類が分かったからな」 「はあ?」 訳が分からず、盛大に眉を顰めた流星だったが、ふと思い当たる。 「もしかして…さっきの火花か?」 「そう。あれはお前の起こしたものだ。あの火花で影の攻撃が少し弱まっただろう。 お前には霊に直接的な力を与える能力がある。修養次第によっては、その能力で霊を浄化することもできるようになる筈だ」 「めんどくせえ」 心底嫌そうな顔で応えた流星に、華王は笑みを零す。 「その能力を実際どうするかは、今は置いておいて、だ。 本来、攻撃系の霊力を持った人間は、最も霊には憑かれにくい筈なんだ。 それなのに、お前には確かに何かが取り憑いてる… 相手が霊媒体質ではなくとも、取り憑くことのできる強力な霊もいるにはいるが、 そんな霊が、さっきの俄か仕立ての聖水で、一時退散する訳がない。となると…考えられるのは一つだけだ」 「同じ血という繋がりを利用して、取り憑く霊か…」 「その通り」 「………」 「除霊の為には、もっと具体的に霊の正体を捉えることが必要だろうな。 まずは、一族の中で不慮の死を迎えた者がいるかどうか、調べたらどうだ」 「…多過ぎてどれがどれやら分からんだろうな」 華王の提案に、流星は皮肉気に応える。 「だが、それが一番の方法だ」 「めんどくせえ」 華王の冷静な声音に、長い金髪を掻き混ぜながら、流星はもう一度、そう言い放った。 しかし、頭ではもしかしたら、と予想をつけてもいた。 流星の生家であるところの、ティーンカイル侯爵家は、歴史ある大家であるだけに、 一族内の抗争も凄まじく、過去から現在まで、不審な死を迎えたという者は、枚挙に暇がない。 心当たりは、その中でも最近の、そして、侯爵家自体にも大きな変化があった一族の不慮の死…… |
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