聖なる水の神の国にて〜祭秋〜

 

  祭秋 3

 

 一方、風矢は中庭で、舞台が設営されていく様子を眺めていた。

 実は、風矢は蒼から、特別に華王と風矢の舞台稽古を見学する許可を得ていた。

 恐らく、禁域での一件に巻き込んでしまった罪滅ぼしの意味もあるのだろうその招待を、しかし、風矢は辞退した。

 蒼の気遣いは嬉しいし、稽古を見たい気持ちも勿論あったが、これでも、己の分は弁えているつもりだ。

 第一、舞台そのものに関しては部外者である風矢が、そのような特別扱いをされたら、周りから一体どんな目で見られることか。

 ただでさえ、華王と流星と共に、特別講義を受けているということで、風矢は他の学生から多少なりとも、

嫉妬めいたやっかみを受けているのだ、これ以上、嫉みを買うようなことはしたくない。

 それに…

『いいか!華王はともかく、俺の舞台稽古は絶対見るんじゃねえぞ!!』

 繰り返し念を押した流星の不機嫌そうな顔を思い出し、風矢は小さく笑う。

 余程、不完全な自分の演技を見られるのが嫌らしい。

(まあ、流星さんもとんだとばっちりだよね…)

 それでも、引き受けた役目を放棄しないのは、流石だと言える。

 流星は見掛けほど、いい加減でも無責任でもないのだ。

 それは、風矢が密かに尊敬しているところでもある。

 そう思っていることを、本人に伝えるつもりはないが。

 流星は一体どんな聖火神になることだろう。

 そして、華王は、どれほど美しい聖水神になることか。

 こうして、想像を巡らしながら、祭典当日を他の学生たちと共に待つのも、楽しいものだ。

 

「この祭典が終わったら、秋も終わりだね…」

「そうこうしてうるちに、冬になって、先輩方も卒業だよな」

「ああ、もうあと数ヶ月で、華王様のお姿を見ることが出来なくなるのか…」

「流星先輩もいなくなっちゃうしなあ…」

 

 同じく中庭の様子を眺めていた学生たちの会話が耳に入ってきて、風矢はふと我に返った。

 そうなのだ。

 風矢の学院生活はまだ続くが、華王と流星は最上級生。

ふたりは、あと数ヶ月で、この学院からいなくなるのだ。

 そんな当たり前のことに、今更ながら気付かされた。

 学院に入学してから間もなく、自分の持つ特殊能力の御蔭で、華王と流星に関わることとなった。

 大変な目に遭いもしたが、彼らと知り合ってからの日々は、振り返れば楽しかった。

 自分が何の能力も持っていなかったら、華王はただ遠目に憧れるだけの存在だったに違いない。

 流星も、不真面目な不良学生だという認識でしか捉えられなかったと思う。

そんな彼らと関わり、共に過ごせた…それだけでも、己の持つ霊媒体質に感謝したいと思える。

 しかし、そう思わせてくれた彼らとの楽しい日々も、もうすぐ終わるのだ。

「……」

 黙って中庭を見詰め続ける風矢の前髪を、涼しい秋風が撫でて通り過ぎていった。

 

 

「で?どういう理由なんだ?」

「どこかで聞いたな、その台詞」

 華王の部屋で、台詞の読み合わせの最中。

ふいに流星が発した問いに、華王は台本を捲りながら独り言のように言った。

 流星は、開いた台本を片手に持ち、空いた腕で窓枠に頬杖を突きながら、下から覗き込むように華王を見る。

「あんなに舞台に出るのを嫌がってた癖にさ。お前にしては珍しい強情っぷりだった。

流石に俺も、どんなことがあってもお前が折れることはないだろうと思ってたぜ」

「ああ、その話か」

 華王はひとつ小さく息を吐き、何でもないことのように応えた。

「別に大した理由じゃない。覚悟を決めただけだ」

「…は?覚悟?覚悟って何の?」

「言いたくない」

「またそれかよ…」

 流星が呆れたような溜め息を吐く。

 そんな彼に、華王は軽く微笑んで見せた。

「それに、あと少しで卒業だ。一度くらい学業以外で学生らしいことをやってみるのも悪くはないと思い直した。お前にも良い経験だろう?」

「…そうやって最後までしらばっくれるつもりかよ」

 恨みがましい目で睨む流星に、華王は小さく舌を出す。

「嘘は言っていないぞ」

「ちぇっ」

「ほら、さっさと進めるぞ。今日で台詞を全部覚えるからな」

「げ!!」

 むくれる流星を急かして、華王は読み合わせを再開する。

 秋風が開いた窓から入り込み、漆黒と薄い金の髪を梳きながら通り過ぎていった。

 

 

 夜の神殿の周囲を満たすのは静寂。

 しかし、耳を澄ませば、神殿の内外に張り巡らされた水路を流れる水音が微かに聞こえる。

 また、夜の精霊たちの声なき声も。

 神殿内の奥まった一室で、神官長は閉じていた瞳を開く。

 ゆっくりと背後を振り返りながら、僅かに憂いの滲む表情で問う。

「宜しいのですか?」

 部屋の暗がりに佇む細い人影が、僅かに肩を竦めるのが窺える。

「祭典には、国内の有力貴族の多くが出席します。その中には恐らく…」

「ああ、分かっている」

「もう、貴方は決められたのですね…」

「今までの貴方の心遣いには感謝している」

 小さな溜め息を吐きながらの神官長の言葉に、やや苦笑めいた応えが返った。

 それに神官長は微笑んで頷く。

「私は何も申しません。どうぞ、貴方の望むままに…」

「有難う」

 その言葉と同時に、部屋の中から気配が消える。

 神官長は再び視線を窓外へと向ける。

 それから暫くの間、木々の合間から覗く星空を黙したまま眺め続けていた。

 

 

 そうして、祭典当日。

 神殿で行われる祭礼に参加しながら、風矢は気もそぞろだった。

 頭の中は、ついに本番を迎える祭典の主たる舞踏劇のことばかりだ。

 しかし、舞踏劇が気になるのは、風矢に限ったことではない。

 祭礼に参列する学生たちの間には、何処か落ち着かない空気が漂っていた。

 幾ら祭典の前とはいえ、あまりに浮き足立った様子に、眉を顰める神官もいたが、

学生たちは皆、表向きではあっても敬虔な態度で祭礼に参加している。

 故に、口に出してまで注意を促す神官はいなかった。

 

 風矢はそっと視線を動かして、三年生の列の最後尾に佇む華王の姿を探す。

 目当ての華奢な制服姿はすぐに見付かった。

 ほっそりとした肢体が際立つ白い制服の背中に、緩く編んだ漆黒の髪が眩しいほどに映えている。

 華王が学院に入学してから二年余り。

 しかし、まるで少年たちの只中に、少女が紛れ込んでいるかのような佇まいに、周囲の学生たちは何時まで経っても慣れない様子だ。

 一方、式典用の帽子を被った小さな頭は微動だにしない。

 この位置からでは、表情までは知りようもないが、華王は十中八九、周囲の少年たちの複雑な心情には気付いていまい。

 相変わらず澄んだ灰色の瞳で、祭壇を見上げている華王の表情が容易に想像できて、

華王の麗姿を半ば見惚れるように眺めつつも、風矢は小さな苦笑混じりの溜め息を吐いた。

 更に視線を動かして、もうひとりの話題の人物の姿を捜してみるが…やはり、いない。

 風矢は先程よりも少々大きな溜め息を吐いた。

 

 

 祭礼が終わり、学生たちは列を成して清めの門を潜って、神殿から学院に戻る。

 風矢もまた、皆に混じってその噴水で作られた門を潜ったが、そのとき、不意に肩を軽く叩かれた。

 振り向くと、蒼が笑っている。

「やあ、フローベル君」

「どうしたんですか、蒼さん?もう舞台の準備をしないと不味いんじゃないですか?」

 目を丸くして問う風矢の肩をさり気なく押して、歩くよう促しながら、蒼は口を開く。

「勿論、すぐに戻って舞台の準備をするよ。けれど、その前に、君を迎えに来た訳さ」

「僕を?もしかして、何かお困りなんでしょうか?僕に出来ることなら、お手伝いしますよ」

「いやいや、そうじゃないんだ」

 気掛かりそうに問う風矢に笑顔のまま、蒼は両手を振った。

「君には舞台実現の為に、多大な迷惑を掛けたのに、まだ、大したお礼もしていないだろう?」

「そんなお礼なんて。僕も蒼さんの舞台を観たいと思っていたんですから」

「しかし、このままでは僕の気が済まない」

「……」

 そう言われると、風矢もこれ以上辞退の言葉を口に出すのが憚られてしまう。

「そこで、だ」

 黙りこむ風矢に、蒼は右の人差し指を立てて、提案する。

「今日で最後だし、君に劇が始まる前の舞台裏見学をして貰うのはどうだろう?

とはいっても、皆慌しくて、アルジェイン君とティーンカイル君が衣裳の着付けをする様子くらいしか見られないかもしれないけれどね」

「…いいんですか?」

 他の学生たちと同様、観客に回るつもりではあったが、舞台を控えた今、華王と流星がどうしているかは、やはり気に掛かる。

「ああ。序でに、彼らに応援の言葉を掛けてやって貰いたい。…あまり、お礼にならないお礼で心苦しいけどね」

「そんなことありません。有難う御座います」

 そうして、ふたり連れ立って歩いていくと、前方に華王の姿が見えた。

 風矢たちの方を向いて、こちらがやって来るのを待っている。

「よう、風矢、蒼」

「いよいよ、本番ですね」

「君なら、稽古どおりに演じれば大丈夫だよ。期待している」

「華王さんの聖水神、楽しみにしてます」

「そんな一気に緊張するようなことを言うなよ」

 華王は苦笑しながら、祭礼用の帽子を脱ぎ、水晶の額飾りを外す。

 そんな華王の様子は全くいつもどおりで、少なくとも風矢の目からは、とても緊張しているようには見えなかった。

 風矢は流石だと感心する。

「そう言えば、流星さんは?祭礼には参加してませんでしたよね。まさか、土壇場になって、舞台までサボるなんてことは…」

「い、嫌なことを言わないでくれよ、フローベル君!」

「あ、すみません!」

 泣きそうな顔となる蒼に、風矢は慌てて謝る。

「流星なら、多分その辺りにいるだろう。そうだな…例えば…」

 一足先を歩む華王がそう言いながら、手にした帽子を斜め前方の木の上に向かって投げる。

「いてっ!」

「当たりだな」

 繁る枝葉の中に帽子が吸い込まれるように消えた直後、悲鳴が聞こえ、華王が満足そうに頷いた。

「全く、この聖水神殿は、乱暴で困るぜ…」

 そうぼやきながら、流星が木の上から飛び下りてくる。

「この聖火神殿は、だらしがなくて困るな」

「言ってくれたな」

 そんな軽口の応酬を華王とする流星もまた、さして緊張した様子ではない。

「随分と余裕ですね、流星さん。その様子だと、役作りは上手くいったんですか?」

「さあな。何とか形にはなったと思うが。後は当たって砕けろだ」

 風矢の問いに、手にした華王の帽子を軽く頭に載せながら、流星は肩を竦めて応えた。

「そんなことないよ。この短期間で、僕の理想とする聖火神の雰囲気にかなり近付いたと思う。

アルジェイン君の聖水神も文句なしの出来映えだし。ふたりとも…本当に有難う」

 感極まった口調で先走ったことを言う蒼を、華王が穏やかな口調で窘める。

「本番はこれからだ。まだ、礼を言うには早い。最後の最後で流星がとんでもない失敗をやらかすかもしれない」

「俺かよ?!」

 流星が不満気に言うのが可笑しくて、風矢は華王や蒼と共に笑った。

 

 舞台衣裳を着た華王の姿は眩しいほどだった。

 いつもは緩く束ねている漆黒の髪を解き流し、眼鏡を外して澄んだ灰色の瞳を露にしている。

 淡い青の紗(うすぎぬ)を幾枚も重ねて作られた衣裳は、華王のほっそりとした身体の線をさり気なく強調しながら、品良く纏まっている。

「僕が想像する聖水神は、髪も目の色も薄い感じだったのだけどね、アルジェイン君を見て、そうでなくても良いと思ったんだ。

何より、彼以上に聖水神に相応しい人はいないよ」

「そうですね…」

 蒼の言葉に、華王の姿に見惚れていた風矢は、心の中で何度も同意の頷きを繰り返した。

 そして、流星も見事に変貌していた。

 こちらは、いつもは無造作に流している長い前髪を後ろに撫で付け、秀でた額を露にしている。

 襟元や袖口を赤く縁取った黒い衣裳は、流星の長身を際立たせ、見る者に鋭い印象を与えた。

「うわ…は、迫力ありますね……」

「当り前」

 気圧されたように言う風矢に、流星はニヤリと笑った。

「そろそろ本番です!役者の皆さんは舞台袖に移動して下さい!」

 その掛け声に、場の空気が更に一層張り詰める。

 自分まで緊張してしまいながら、風矢は居住まいを正して、華王と流星を交互に見た。

「それじゃあ、僕は観客席の方に戻ります。ふたりとも頑張って下さい」

「おう」

「成功を祈っていてくれ」

 軽く微笑んで、去っていく華王と流星の後姿を、風矢は祈るようにして見送った。

 

 

 そうして、学院中の注目の中、舞踏劇は幕を開けた。

 冒頭は、聖水神と民との交流を描く。

 華王演じる聖水神の優艶な姿に、観る者は残らず溜め息を吐いた。

 その滑らかな動き、澄んだ声音は、舞台から客席、そうして中庭全体の空気を清めていくようにすら感じられる。

 

 民の誠実さと信仰心の深さを愛おしんだ神は、民に加護を約束する。

 しかし…

 

 中盤になって舞台に登場した黒と赤の衣裳を纏った流星の姿に、僅かに観客席がざわつく。

 それが聖火神であることが分かり、話が展開していくにつれ、ざわめきは更に大きくなった。

 特に、神官たちのいる席と、国内の有力貴族を主とした貴賓席の動揺が大きい。

 舞台袖でその変化を察した蒼は、舞台を見守るのとは違う緊張に身を固くする。

 観客席の風矢もまた、異様な空気にハラハラするが、舞台の流星は動じることなく、演技を続けている。

「これは…どういうことですか?!」

「禁域に纏わる逸話を、このように解釈し、あまつさえ、神聖なる舞踏劇で演ずるなど…前代未聞です!」

「これは神殿、更には聖水神に対する冒瀆ともなりかねません!即刻中止しましょう!!」

「静かに」

 色めきたつ神官たちを、神官長が放った静かな一言が黙らせた。

「しかし、神官長…!」

「案ずることはありません。この舞踏劇を演じるのは、由緒ある我が神学院の生徒です。

彼らが冒瀆的なことを為す筈がありません。信じて見守りましょう」

 穏やかながらも毅然とした神官長の言に、神官たちは一様に口を噤んだ。

 

 神官たちと貴賓席のざわめきが落ち着いてきて、風矢はほっとする。

 舞台ではやがて、聖水神を恋うあまりに、聖水神が加護を約束した民を激しく憎む聖火神の舞が披露される。

 飾り刀を鋭く閃かせ、力強く舞台を踏みしめる聖火神の迫力ある舞に、いつしか観客全員が引き込まれていた。

 翻る刀身に、炎が走っているような幻を見て、風矢は息を呑む。

(流星さん、凄い…!!)

 

 聖火神の炎に土地を焼かれ、悲嘆に暮れる民。

 そこに現れた聖水神は、聖火神の所業を悲しみ、己の持てる力全てを注ぎ込んで、聖火神の炎を退ける。

 

 観客たちは次いで、細身の飾り刀を振るい、優雅に、同時に凛々しく舞う聖水神の舞に目を奪われる。

 そのとき、貴賓席で立ち上がった貴族がいた。

「…どうなされた?」

「急な用事を思い出しましてな。申し訳ないが、私はこれで失礼する」

 隣に座る貴族が問うのに、淡々と応えたその貴族は、華麗な舞が披露されている舞台を一瞥してから、身を翻す。

 途中、神官たちが居並ぶ列の先頭に佇む神官長と目が合うが、何を言うこともなく、中庭を出て行った。

 

 終盤を迎えた舞台では、力を使い果たした聖水神が、いつ目覚めるとも知れない眠りに付くところだった。

 

『そなたは私を拒むのか?』

『拒んではいない。私はそなたのことも愛している…』

 

聖火神の言葉に応える聖水神の台詞を紡いでいる途中で、ふと華王が視線を上げる。

まるで、そこにはない何かを見るような眼差し。

「?」

 風矢がその眼差しに引き寄せられるように視線を動かしたその瞬間。

 中庭を囲む森の木々をざわめかせながらやってきた風が、大きく沸き起こった。

「う…わっ…!」

「何だ?!」

 あまりの風の強さに、その場にいる者殆どが、目を瞑り、腕で身を庇うようにしながら縮こまった。

 風矢もまた、同じように身を縮めていたが、風が治まり、目を開けようとしたそのとき、澄んだ声が耳に滑り込んだ。

 

『…この緑美しい土地に住む民と同じように愛しているのだ…』

 

 閉じていた目を開いた風矢の前に、陽光を浴びた美しい華王の姿が目に入る。

 吹き上げた強風に揺らいだ様子もなく佇む常ならぬ姿。

 やや乱れた漆黒の髪に縁取られた白い美貌には、何の表情も浮かんでいなかったが、澄んだ灰色の瞳には、哀しみの色がある。

 そこに確かに風矢は、聖水神の姿を見た。

 この場にいる全員が、そう感じたに違いない。

 ただただ、舞台上に現れた神に見入る一同の前で、かの神の瞳がゆっくりと閉ざされ、舞台の幕が下りた。

 一時、中庭に静寂が訪れる。

 やがて、それは大きな喝采の拍手へと変わった。

 

 暫くして、再び幕が上がり、役者と舞台の裏方を務めた学生たちが次々に現れた。

 素晴らしい演技を見せた華王と流星が現れると、大きな拍手と歓声が沸き上がる。

 ふたりとも役柄の衣裳を纏ったままで、抜きん出た容姿も一際目立ってはいたが、劇中で見せた浮世離れした様子は既になかった。

 観客席の前方で、立って拍手喝采を送る風矢の姿に気付いたのか、華王が、次いで流星がさり気なく目配せをして、ニヤリと笑う。

 風矢は笑顔を浮かべて一層手を叩いた。

 最後に、一番の大きな拍手と歓声に迎えられたのは、舞台の原案と監督を務めた蒼だった。

 蒼は顔を真っ赤にして、観客席に向かって頭を下げる。

次いで蒼は、舞台にいる仲間たちと次々に固い握手を交わし、

もう一度舞台上の仲間たちと共に観客席へ、そして森のを隔てた向こう側にある神殿へと頭を下げた。

その様子に風矢も泣きそうになってしまった。

「凄い、凄いなあ!!」

隣の涼が興奮を抑えら切れない様子で繰り返すのに、何度も頷きながら、風矢は潤んだ瞳を隠すように空を見上げた。

そろそろ暮れ始めた西の空が、青から黄、橙へと色を変えていく。

 涼しい風が、火照った顔を冷ましてくれるように感じて、風矢は目を閉じた。

 鳴り止まない拍手に、耳を傾ける。

 

 素晴らしい秋の祭典だ。

 この祭典、そして、舞踏劇のことは、自分の中で、何時までも思い出に残るに違いない。

(…思い出…か……)

 つい先程までは心地良いばかりだった風が、急に冷たく感じられた。

 

 この秋が終われば、冬がやってくるのだ。

 

 

終 

 




「聖なる水の神の国にて〜祭秋〜」終了で御座います!
やれやれ、結局連載終了まで一年以上、掛かってしまいました…
最後までお付き合い下さいました方(恐らくごく少数?)、毎度ながらお疲れ様で御座いました!!(平伏)
最終話の舞踏劇のシーンは、当初端折ろうかと思っていたのですが、やはり蛇足だったか…?(汗)
次の「聖なる」連載は、最終章になります。
連載が始まりましたら、宜しくお付き合いくださいましたら嬉しいです♪

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